農業、食、コミュニティと時々落語。

これまでと今とこれから。

ベトナム25日目

【翌朝】
朝起きた瞬間からなにかがおかしい。
昨日の夜食べ過ぎたのか、ビールが残っているのか、はたまた体調不良なのか、それとも全てMIXされいるのか…。

思い当たる節はたくさんある。 昨日の昼に食べた豚タン、洗わずに食べたスターフルーツ、やたらと脂っこい昨晩の夕食とご飯を無理やり3杯も食べたこと、そしてベトナムのビール。
でもどれも正解ではない。(と思う)

【原因】


自分が思う今回の体調不良の原因は水かサラダだ。そして水が有力候補である。Thuongの実家では、飲料水を買っていない。浄水器というものを設置しているらしく、それは綺麗だから大丈夫なのそうだ。知っている人は多いかもしれないが、アルコールにはめっぽう弱い。なので、昨晩ビールを飲むときも一緒に水を大量に飲んでいた。しかし、飲んでみると妙に酸っぱい。なんだこの酸っぱさは…。と思いながらも水はこれしかないので、飲む。飲まなければビールが待っている。なぜか自ら八方塞がりに陥ったわけである。(サラダは生野菜だからこの可能性も捨てきれないが…)

【お腹のあんこ】


そんなことを昨夜の出来事を思い出しつつも、トイレに行く。直接的な表現は避けるために、「およげたいやきくん」の歌詞の一部を拝借して「お腹のあんこ」と表現することにする。
そういえば、昨日は1日「お腹のあんこ」は出ていなかったなと思いつつも、便器に座る。この時点ではまだ腹痛は無く、至って普通の行動である。ややかためのつぶあんとでも言うべきか、「お腹のあんこ」を出し終えて直ぐに、第二波が来た。「なるほど、さっきのは一昨日の分で、これは昨日の分か。」どうせなら一緒に出てくれれば良いと思いながらも、便器に座る。先ほどよりもやや柔らかめではあるが、普通の「お腹のあんこ」を出し終えた。これで昨日までの「お腹のあんこ」はほとんど体外に出たわけである。言い換えると、体内には【栓】がな状態である。

【朝食】
そんなこんなで朝ごはんの時間になる。正直、食欲は無かった。食べたら上から出てしまうかと思っていた。しかし、実家に招待までされて戦後2人目の外国人が食べないわけにもいかない。ましてや、この人達にとって「日本人とはどういう人なのか」と見せ付けているわけである。しかし、体調が悪くあまり食べれないということを英語が出来る唯一のThuongに伝えておく。
Thuongは覚えたての日本語

「モンダイナイ」

で返答してくる。

「こんな言葉教えなきゃ良かった」

と後悔しつつも朝ごはんを頂く。ゆっくり、ゆっくり。しかし、確実に箸を進める。

そのスピードに見かねたThuongの父はベトナム語とジェスチャーで「もっと食べなさい」と言ってくる。Thuong母の方をみると、「私のご飯が美味しくないのかい(´・ω・`)?」という顔をしてこっちを見てくる。この計り知れないプレッシャー。まさかの再びの八方塞がりである。ここで、奥の手「朝はあんまり食べれないんです」の作戦を使うことに。これを使ってしまうと、お昼ご飯には使えないので、奥の手として残しておきたかったが、ココで使わざるおえない展開になってしまった。(
そんなこの日の朝ごはんはこんな感じ)
(ちなみに食べたのは、フォーが太くなって中に細かいきくらげが入っているやつ)
f:id:goex:20140926010538j:plain

【戦いの火蓋は切って落とされた...】
朝ごはんを終えるとゴングが鳴る。
トイレへ行く。トイレへ行くというよりも、トイレにいる。といった表現の方が近いかもしれない。15分〜20分に1回、多い時は2,3回トイレへと行く。途中から「お腹のあんこ」は無くなっているはずなのに、トイレへ行く。なんなのかこの現象は。まさに水である。「お腹の水」が出続ける。少しでも気を緩めると漏れだしそうである。しかし、その間もThuongの弟Taiに付きまとわれる。トイレとTaiの遊び相手で午前中が終わってしまった感がある。結局、途中でThuong母の助け舟で休憩がてらに昼寝をしつつも、どこにいても出るもんは出る状態であった。

【昼ごはん、そして出発】
「

昼ごはんはもう食べれません。」という作戦に出るものの

「食べないと体力が〜」
「食べないと薬が〜」

と言ってくるThuong一家。

「寮に帰れば正露丸が待っているから!と」力説しつつも、じゃあ少しだけ、ほんとに少しだけと言われてお昼ご飯を一緒に食べる。

【少しだけって言ったのに...】
普通にガッツリよそわれて、自分の体調が悪いせいなのにもかかわず、ちょっとイラッとする。

昼食後に安定の3回トイレに行った後は帰宅時間までひたすら昼寝。体力温存しておかないと帰りのバイクの後ろに乗るのに耐えられないと言ってくるThuong一家。ともかく、体力温存のために昼寝をしていたのに近所の子牛がいきなり庭に入って来てみんなで追い出すのに必死だったり、子牛を追い返した後に、(ウシ大好きなので)子牛とちょっと遊んでたら危うく指を噛みちぎられそうになったり、とあんまり体力温存が出来なかったのであるが、帰宅時間になったので写真を撮って出発…。
の前にやっぱりThuong家での最後の「お腹のあんこ」を出してから出発したのでる。

【地獄の2時間耐久レース】


Thuong家から大学まではバイクで約2時間かかるらしい。まさに地獄の2時間耐久レースである。


出発早々Thuongが

「いつでもしたくなったら、言ってくれな。おれが全力で場所を探すぜ!」

と声を掛けてくれた。


「めっちゃいいやつやな。どっかお店とかに掛けあってくれるのかな。」


と思っていたら

、ためらいながらも

「例えば…橋の下とか!」
とちょっと苦笑いしつつも

お店でないことが判明した。



そして橋を通り過ぎる度にこちらをチラチラ見てくるのである。

わかる。

だれも自分のバイクのシートの上に「お腹のあんこ」を出してほしくないのはわかる。

けど、毎回こっちをチラチラみるのはやめてくれ。出そうなときは必ず言うから、必ず。



そんなことよりも慎重かつスピーディーに行って欲しい、2時間も耐えられるキャパシティをたぶん持っていない。ベトナムの舗装されきっていない道路が身体を上下に揺らす。と同時にお腹のあんこへの刺激が加わる。



信号だ。



考えてみるといままでロクに信号に出会わなかった方がおかしいと思えるくらい信号に捕まっていない。

でもなぜ、なぜ今日なんだ。

今日だけ3回は信号に捕まった。信号を待っている間のバイクのエンジンの振動がお尻を刺激する。

【日本の企業】


大通り沿いにはHONDA、TOYOTA、三菱、キャノン…その他様々な日本の企業の工場並びに会社をみつける。

「おれは日本人だー!トイレを貸して欲しい!」

と言ったら貸してくれるのだろうか?という妄想が広がる。

その中でKARAOKEの看板の下にTOTOの看板を見つける。

なるほど、TOTOですか。世界のTOTO。助けて下さい。

「お腹のあんこ」を意識しているせいか、TOTOに意識がいってしまい、これほどまでもTOTOが恋しくなったことは無い。

TOTOが見えなくなると

「トビタテの中で、「お腹のあんこ」を異国の地でぶちまけたやつなんているだろうか。今年初の取り組みだとしても、今回のメンバーが300人を超えていたとしても、大学生にもなってぶちまける奴なんて滅多にいない。ベトナムでお腹のあんこをぶちまけた日本人として有名になるのも悪くない。野に「お腹のあんこ」をぶちまける経験は幸いのことに小学生低学年の時に野球の合宿やなんやらで経験済みなので、頭の中のイメージトレーニングはバッチリだ。」

という意味不明な思考回路にまで陥っていた。


【渋滞】


そして、渋滞へ。

渋滞。信号待ちよりも辛い。いつ終わるのかがわからない。そしてもしここで「お腹のあんこ」が飛び出そうになったとしてバイクから草むらへと移動しても、みんなの注目を浴びるのでこれまた辛い。

なんとか渋滞を乗り切ると、もう1つの地獄。長時間座っていることによるケツの痛みにぶち当たる。おしりの感覚が麻痺してくる。麻痺した状態で、「お腹のあんこ」が飛び出ない様に、締めるところは締めなければならない。時計を見ると1時間以上経過しており、行程としても見たことがあるような景気がチラホラ見え、半分以上来ている様に感じる。しかし
まだ40分近くもあるのである。

【人体の不思議】
人間というのは不思議なもので痛い部分が2ヵ所以上あると、一番痛いところに神経が集中するためか他の部分への意識があまり感じられなくなる。つまりいまの現在の痛みの状況としては

「お腹のあんこ」<「長時間座っていることによるケツの痛み
」なのである。


また、もう一つ人間の不思議な部分であると確信しているのは、目的地が近づくと安心するからか緩むということである。どういうことかと説明すると、駅から家までの道のりの途中に催したとする。最初は我慢出来たとしても、家の側まで来た瞬間に「いままでの余裕はなんだったのか」と思うほど急激にピンチになった経験をしたことはないだろうか。それと一緒で、いまホソゴエの身体は、

「お腹のあんこ」<「長時間座っていることによる痛み」

「目的地が近づくと安心するからか緩む」≒「お腹のあんこが出やすい状態」

という2つの矛盾に近い作用が体の中で行われていることになる。



そんなバカみたいなことを考えていると無事大学に着きまして、結局一度も野に「お腹のあんこ」をぶちまけることなく終えたのである。予定よりも15分近く大学に到着したので、Thuongに「Good driver」と言ってあげたら嬉しそうでした。そして、なによりThuong母がくれた下痢止めのお陰でしょう。

でも下痢止めは下痢の時飲んじゃあかん。出したいのだから、出させればよろしい。それを無理やりストップさせてはいけないと昔聞いた母の言葉を思い出しつつも、寮のトイレへと向かったのでありました。



今日1日でトイレに行ったのは30回くらいではないかと思います笑
 お尻が痛い。





今回の件を受けて、ベトナム(途上国?)で必須アイテムを列挙してみた。

これから訪れる人の参考になりますように。

・自分専用の箸
・コップ
・マスク(排気ガスがやばい)

・サングラス(日差しとゴミよけ)

正露丸(今回使わなかったがみんなオススメしている)

・梅肉エキス(これはマジでオススメ。薬ではない。)
梅肉エキス(梅エキス)無添加

・セームタオル(タオルはこれだけで充分)

セームタオルとは - はてなキーワード

・水筒(いつでも飲水は確保)

・少量の塩・砂糖(下痢の時吸収率高めてくれる)




以上のものは真面目に必須であると痛感した。


ベトナム24日目

昨日、農場インタビューの後は、Thuongの実家が近くとのことなので招待して頂いた。
近くといっても、バイクで1時間くらい離れているので、大学に帰るのと左程変わらないわけだが...。

【Thuongの実家へ】
昨日の農場調査を終えてから、今日にかけてThuongの実家に泊まらせて貰うことになった。Thuongの実家がある村は、ベトナムの中でも最貧地域の1つになるそうで、確かに産業は農業しか出来なさそうであるところであった。そして、この村に訪れた外国人はベトナム戦争後2人目であり、日本人として戦後は初めて足を踏み入れたことになるらしい。(※1人目は韓国人)
そんな情報を前もってくれるのだから、わりと悪い方向に考えが働く。家はいつの日かテレビで見た極貧地域の様なものなのか…。期待と不安が入り混じる中、丁度お米の収穫時期ということもあって、みんな汗を流していた。そして、牛が貴重な労働力として使われていたのである。今まで、知識としてしか持っていなかったことが経験も伴う瞬間であった。

【実家】


Thuong家に到着すると自分が想像していた家とはだいぶ違い、とても立派なお家であった。Thuongの両親(父44/母43)とThuong、妹、弟の5人家族だが、Thuongと妹は大学に通っているため、いまは一緒に住んでいない。弟のTaiはまだ9歳の小学生である。このTaiはめっちゃシャイなのであるが、シャイの子供にはひたすら話しかけるのが得策であると自負しているので、とにかく話しかける。おれのベトナム語が通じない。とりあえず、写真とムービーで心を掴む。

【おもてなし】
夕食では初めてベトナムでサラダを食べた。ベトナムサラダというらしい。あとはどこに行ってもわりと同じ様なものが出てくるので、これがベトナムのおもてなし料理なのだろうと納得する。豚肉のひき肉を葉っぱで包んで揚げたものはうまい。そして、日本もベトナムもおもてなしはお酒なんですね…。慣れないベトナムビールを飲みつつも、ご飯をたくさん食べさせられる。

【就寝】


シャワーはお湯が出るまで待たなければいけないらしく、水で浴びることに。4年前のアジア学院での経験が活きてくる。ベットはまさかのThuongと一緒にのベット。いや、ベットというよりも木の板と言った方が近いのかもしれない。とにかく固い。もう床と寝ているのと変わらないほどの固さである。そんなことを思いつつも無事就寝する。



~以下写真~

【台風の被害】
f:id:goex:20140927141355j:plain

【日本企業が多い地帯でもある】
f:id:goex:20140927141426j:plain

【収穫時期なので、至るところで稲わらを燃やしていて道路が大変なことに笑】
f:id:goex:20140927155028j:plain

【道路半分は使用中】
f:id:goex:20140927155242j:plain
f:id:goex:20140927155221j:plain

【農作業の様子】
f:id:goex:20140927155100j:plain

【ウシは貴重な労働力】
f:id:goex:20140927155411j:plain

【ウシ大好き】
f:id:goex:20140927155523j:plain
f:id:goex:20140927155543j:plain

ベトナムの田んぼの中にはお墓がある】
f:id:goex:20140926010727j:plain

【Thuong家到着】
f:id:goex:20140926011944j:plain

【兄弟】
f:id:goex:20140927141537j:plain

【Tai 9歳】
f:id:goex:20140927160211j:plain

【鴨(かわいい)】
f:id:goex:20140927141549j:plain

【わりと激しく燃えておる】
f:id:goex:20140927141544j:plain

【夕食】
f:id:goex:20140927155637j:plain
f:id:goex:20140927155841j:plain
f:id:goex:20140927160143j:plain

【Thuong一家】
f:id:goex:20140927155711j:plain

【楽器を演奏する父と縫い物をする母】
(※縫っているのは自分のズボン笑)
f:id:goex:20140927141618j:plain

ベトナム23日目

今日も農場へ!まとめはこちら↓

インタビューその6 - 日本とアメリカの農業を見てきて大学6年生になってしまった私が、M&A業界に就職するまでにベトナムとタンザニアとフランスの農業を見て回ってみる。



【安定の朝ごはん。もう常連です。】
f:id:goex:20140927151513j:plain

【今日の地域は田んぼ地帯】
f:id:goex:20140927151704j:plain

【※ココは道路です1】
f:id:goex:20140927013348j:plain

【※ココは道路です2】
f:id:goex:20140927141331j:plain

【※ココは道路です3】
f:id:goex:20140927141333j:plain

【※ココは道路です4】
f:id:goex:20140927141348j:plain

【※ココは道路です5】
f:id:goex:20140927140749j:plain

【農場に寄る前に許可を貰う場所へ到着】
f:id:goex:20140927152006j:plain

【まとめに出てくる遠くからオーガニック農業を学びに来た若者】
f:id:goex:20140927013421j:plain

【昼食】
f:id:goex:20140927021954j:plain

【みんなで】
f:id:goex:20140927152632j:plain

バッファローと】
f:id:goex:20140927153811j:plain


ベトナムの食堂にはご飯を食べたあとにお茶をする場所が設けられている】
f:id:goex:20140927163758j:plain

【昼食代のお礼】
f:id:goex:20140927141043j:plain

【お米を乾燥させるために時々混ぜる作業】
f:id:goex:20140927141045j:plain

【農場へ(自宅)】
f:id:goex:20140927141103j:plain

スターフルーツ!!】
f:id:goex:20140927141119j:plain
f:id:goex:20140927141123j:plain

【ココではプロの技が】
f:id:goex:20140927141139j:plain

【わちゃわちゃしながらアンケート記入】
f:id:goex:20140927141142j:plain

【ここのFU長良い人だからたぶんお土産貰ってる】
f:id:goex:20140927141146j:plain

【少しは気にして欲しい笑】
f:id:goex:20140927141152j:plain

【農場へ】
f:id:goex:20140927141201j:plain

【クイズです!】
f:id:goex:20140927141208j:plain

【英名不明】
f:id:goex:20140927141212j:plain

【農場はどこも似ている】
f:id:goex:20140927141221j:plain

【灌漑はフラッド式】
f:id:goex:20140927141234j:plain

【6−7mくらい掘った井戸】
f:id:goex:20140927141238j:plain

【両サイドに農場が展開されている】
f:id:goex:20140927141253j:plain

【water morning growly(空芯菜)】
f:id:goex:20140927141312j:plain

【ヒョヒョイのヒョイ】
f:id:goex:20140927141421j:plain

【お別れ】
f:id:goex:20140927153822j:plain

【お別れ2】
f:id:goex:20140927141316j:plain

インタビューその7

【農場に寄る前に】

農場に寄る前には、地元の行政(以下:FU)に許可を貰いに行かなければならない。これは前回も書いた通りである。ただ、前回は(なぜか)許可を貰うため、同伴のガイド2人にそれぞれお金を払わなければならなかった。そして、全員分の昼食代も払わなければならなかった。しかし、今回はそれらが全部必要無かったのである。その違いはどこからくるのか。詳しく聞いてみると、各地域のFUによって、更に言うと人によって違ってくるそうだ。つまり、お金を求めても求めなくても良い。全ての裁量は個人の倫理によるということである。ともあれば、前回のことには合点がいく。今回のFUのトップの人は自分からすればとても良心的である。お金を取らないばかりか、昼食もご馳走になってしまったのである。あとで、詳しく書くがこのFUのある場所から100キロ以上離れたところからオーガニック農業についてこのFUに学びに来た若い男性と、自分の通訳と自分の4人分をである。



【Thanh Xuân地域】

Thanh Xuân地域はハノイ西端に位置する地域であり、2008年の7月にADDAとVFUのオーガニック農業斡旋プロジェクト(PGS)のモデル地域として1グループ/11人/7700㎡のオーガニック農場をスタートさせた。それから2012年にプロジェクトは終わったものの、2014年の現在に至るまで継続している。今では14グループ/120人/11haにまで規模が大きくなっている。ハノイには独自のオーガニック政策があるが、それがスタートしたのが約2年前。この地域がハノイに属しているにも関わらずPGSを採用しているのはハノイのオーガニック政策が出来る前に既にPGSに属しているからである。



【オーガニック農家数】

120人という数はこの地域全体の農家数が1200人なので10%がオーガニック農家である。更に、オーガニック農業をしたいが、お金の問題や土地の問題で出来ないので政府の援助を待っている農家が277人。合計すると397人もの農家がオーガニック農業をやりたいと言っている。この数は地域全体の30%以上にもなる。この30%以上もの農家がオーガニック農業をやりたいという理由はモデルとなった農場が成功していることが大きい。なぜなら、彼らを見て続々と「彼らのようになりたい」と思いオーガニック農業を志す人たちが多いからである。大きな理由は2つあり、1つ目は、はやり金銭的な面。2つ目は、オーガニック農家が健康的であるという理由らしい。




【14グループ】

この地域にはPGSに沿ったオーガニック農家グループが14グループありオーガニック農家の人数は120人を数える。14グループの内、5グループが自ら出資してまとまった大きな農場を買い、9グループは政府が農地改革(Rearrangement)を行ったのでお金は掛かっていない。農地改革を、もう少し詳しく言うと、ベトナムの農家は各々農地を持っているが広さが充分では無い。そのため、PGSに沿ってオーガニック農業を営もうとするとPGSの規則からはみ出てしまう。そのため、まとまった比較的大きな農場が必要なのである。そこで政府はその要望に応え、9グループに農地改革を行ったということである。



【120人のオーガニック農家について】

120人の内、全ての農家が野菜と果樹が中心である。この地域に向かう道路の片面サイドは大規模な田んぼが広がっているのにも関わらずオーガニックのお米をやっている農家はいないのだという。理由としては、「水」の問題が挙げられる。ベトナムでオーガニック農業をやる際には水質のチェックもされ、井戸を掘って地下から汲み上げた水を使用しなければならない。ご存知の通り、お米には大量の水が必要でありそれも全て流れていってしまうため水の確保が難しいのと、維持費などの諸経費に大量のコストが掛かってしまい小さな農家だと採算が合わないのである。ベトナムにオーガニックのお米農場は存在するのだが、それは大きな会社が運営しているとのことである。



【場所柄】

「道路の片面サイドは大規模な田んぼが広がっている」と上記に書いたが、このこともPGSに沿ってオーガニック農業をやるには適さないらしい。理由は大きな道路沿いは排気ガスなどの汚染が酷いためであるという。



【政府の援助の仕方】

政府からのお金の援助はオーガニック/慣行農業関係なく、今までも一切なかったという。援助の仕方としては種や苗、家畜の赤ちゃん、勉強会、道具や建物などの50%の援助であるという。また地域のFUはお金が無いため、援助したくてもすることがなかなか出来ないので、国のFUに属しているカタチとなり、援助する場合は30%の補助である。



【オーガニック農業を学びに来た青年】

冒頭にも書いたが100キロ以上離れたところからオーガニック農業についてこのThanxuon地域のFUに学びに来た若い男性に話を聞いた。



【なぜオーガニック農業をやりたいのか】

祖父も父も農家であり農業と共に育った。大学の専攻はエンジニアであったが農業に興味を持ち、自分でやるなら「お金を稼げて」「持続可能なやり方」が良いので、オーガニック農業をやろうと思っている。



【なぜ持続可能とかオーガニック農業に興味を持ったのか】

10年以上前、小さいころから本や新聞、テレビのニュースなどをみるのが好きだった。そこでしきりに「食の安全性」が問われていたから「なにが自分にとって、環境にとって1番ベストな方法なのだろうか」と考えていたからである。



【農家に関する情報は翻訳が終わってから…】

ベトナム22日目

【風邪】
いやはや、昨日の予想通り風邪っぽいですね。
夜中にでっかいファンを回しっぱなしだから、寝ている間に乾燥して、鼻喉をやられてからちょっと調子が悪かったのでございます。
f:id:goex:20140925175250j:plain

【バレーボール】


まあ、それはさておき、ベトナムではバトミントンとバレーボールが流行ってます。なぜか。
サッカーは人気No.1なんだろうけど、やるには場所的に厳しいからね。その代わりにこの前紹介したリフティング用の小さい玉みたいなやつが主流です。

そんな風邪っぴきなホソゴエはバレーボールに誘われて、バレーをやりました。
バレーボール嫌いなんだよなー。
しかも全面コートで3対3って1人の負担が大きすぎる…。ラオス人、カンボジア人の運動神経が思った以上に良いことに驚きつつも、体調不良の中、日本人として負けられないので頑張りました。


f:id:goex:20140925175616j:plain
f:id:goex:20140925175521j:plain

【夕食】
その体調不良の中、ワインちゃんに連れられワインちゃんの友達の家へ。
夕食をご馳走になりました。ふたりとも痩せたいらしく、ご飯を全然食べてなくて、気持ちはわかるけど痩せる必要ないよ!一緒に食べよう!と言って盛り立てました。
なんか自分のために用意してくれた鴨肉みたいで残さないようにガッツリ食べさせて頂きました。
この果物はよくわからない。味もよくわからない。英語名は無いらしい…。
f:id:goex:20140925194140j:plain
f:id:goex:20140925194155j:plain
f:id:goex:20140925194159j:plain
f:id:goex:20140925195408j:plain

ベトナム21日目

【飽】
さすがに20日間以上も同じところにいると、目新しいこともなくなるものである。笑

最近はひたすら勉強、勉強。


【自炊】
いまだにご飯の問題は解決しておらず、「わざわざ炊飯器を買うのもなー」と考えてパンを買ったり、外に食べに行ったりしていたのだが、そろそろ自分のご飯が恋しくなっていた。そんなことを考えてもあと40日くらいでいなくなるのでしばらく我慢するかと思っていたところに、なんと、カンボジア人のブティくんが炊飯器を貸してくれるって話になり、ホソゴエ大興奮!!
すぐさまスーパーへ日本のお米を買って、自炊。
うまい。
やっぱり自分の好みの味は自分がよく知っている。何食べても美味しい。
AJINOMOTOなんていらない。塩と醤油と砂糖があれば基本的になんでも美味しい。
みりんとか、日本酒とか、贅沢言わない。久々にお米と自分の料理の味に酔いしれた一日であった。
f:id:goex:20140925174629j:plain
f:id:goex:20140925174747j:plain




それにしても風邪でもひたのかと思うくらい鼻水が出る。



ベトナム20日目

【噂のATISO TEA】
ベトナム国立農業大学には3万人の生徒がいて、大学も果てしなく広い。大学内には、カフェと呼べるかどうかわからないが、学生達の溜まり場がありATISO TEAというものが名物らしい。ということで、今まで言ったことが無かったので、ATISO TEAというものを飲みに連れて行ってもらうことに。カフェって書いたけど、全然違う。屋台。うん、屋台。そして出てきたのは
がっっっっっっっっっつり砂糖が入っているであろう甘いお茶。そして、レモンのフレーバーなので、めっちゃくちゃくちゃ甘いレモンティー(砂糖味)を想像して頂ければ良いかもしれない。これが学生達の間で人気とい事に驚愕である。アメリカでもそうであったが、なぜ外国人はこんなにも甘いモノを好むのか。
f:id:goex:20140925173150j:plain

【ハンちゃん】
この子ハンちゃんっていうんだけど、ベトナム国立農業大学に来た理由が

「両親が農家で少しでも助けたい」

ってなにその素晴らしい泣ける話。
日本で出会ってたら付き合いたかった笑
(付き合えるかどうかは別として)

ベトナムで流行っているもの】

ちなみにベトナムでは2002年の日韓ワールドカップの時に、コーラかなんかの付属品で付いてた小学校のときに流行った小さな球蹴りが流行っている。(伝わるかな?)この人混みはみんな小さい球蹴りに夢中です。
そして、なぜかバトミントンも。
f:id:goex:20140925173127j:plain

【屋上】

この後は屋上らしきところに連れて行ってくれました。
かなーり高い。そして柵がない。

そんな平和な楽しい1日でした笑


f:id:goex:20140925172901j:plain